P3 art and environment

PAST
 
映画【 P3シネクラブシネマコリア 】


P3シネクラブ=フィルム・ワークショップ

ゆったりした地下の空間、毎秒24回の明滅を繰り返す一条の光の束が、暗闇で白銀のスクリーンにぶつかると、弾けるように光が飛び散って、そこにもうひとつの違った時間と空間を作り出す。

レンタルビデオ全盛の時代にあって、当時、あえて「シネクラブ」という古めかしくも、また懐かしい形態をとったのは、ヴィデオではけっして味わえない、音と光が作り出す「映画」ならではのあの摩訶不思議な身体感覚にもっとどんどん馴染んでみようという思いからだった。そして、東長寺講堂P3のシネスコサイズの横長9mのスクリーンは、そんなわたしたちの贅沢を可能にしてくれたのだった。


◆第1回
1992年1月22日
『100人の子供たちが列車を待っている』
CIEN NINOS ESPERANDO UN TREN
(監督・イグナシオ・アグェーロ、1988年作品、チリ映画、16mmカラー、58分)

チリの貧しい山村、生まれてからまだ一度も映画を見たことがないという子供たちが、村の教会で開かれる「子供映画教室」に集まり、映画をゼロから学んでいく。残像効果を利用した映画の光学的な原理から、カメラやレンズの不思議、映画の歴史やさまざまな技法など、子供たちはおよそ半年にわたってそのひとつひとつを身をもって体験し、やがて自分たちで題材を決めて、シナリオを書き、絵コンテを作って、張りぼてのカメラでみんなでロケーションごっこを敢行する・・・。そんな子供たちの姿を記録したドキュメンタリー・フィルムを見ることで、もう一度、映画に向かい合ってみよう、映画のまえで子供になろう、をテーマに開催された第1回のシネクラブ。上映後のワークショップでは、素朴な視覚効果を利用した光学玩具を何点か紹介し、実際に触れてもらったりしたほか、「映画」を題材にしたいくつかの映画作品のさわりをビデオで紹介するなど、野心満々のスタートだった。


◆第2回
1992年2月15日
『略称連続射殺魔』
(監督・足立正生、1969年作品、35mmイーストマンカラー、86分)

1960年代末、東京、京都、函館、名古屋で次々に起きた4件の動機なき射殺事件で日本列島を震撼させた見えない殺人者、「連続射殺魔」。逮捕当時まだ19歳の少年だったこの「連続射殺魔」こと永山則夫の生い立ちから逮捕までの19年間の半生を、ただひたすら「彼」が目にしただろう風景だけをフィルムに収めることで出来上がった、たぐい稀なる一本の映画、それが「略称連続射殺魔」だ。P3シネクラブは、俗に「風景映画」と呼ばれ、ほとんど上映されることもなく半ば伝説と化していたこの映画を第2回の上映作品として日本映画史のアンダーグランド深くから掘り起こし、「風景だけで映画になった」というテーマで上映した。足立正生30歳の作品である。同時上映として、連続射殺魔逮捕を報じる当時のニュース映像の上映を企画し、実際に貸出の交渉にもあたったが、さまざまな問題から許諾が得られず実現には至らなかった。かわりに図書館でコピーした当時の新聞記事を当日会場で閲覧してもらったのだった。


◆第3回
1992年8月6、7,8日
『時が乱吹く』
(監督・金井勝、1991年作品、16mmカラー、64分)

1960年代末から1970年代前半にかけて『無人列島』、『Good-Bye』、『王国』と異色の三部作『微笑う銀河系』シリーズを発表して、ニヨン国際映画祭のグランプリ受賞をはじめ、広く海外の映画祭で人気を博した金井勝。その金井監督が1980年代後半にそれまでのスタイルや技法をガラリと変えて矢継ぎ早に発表した連作シリーズ『時が乱吹く』は、『夢走る』(1987年)、『一本勝負の蛬蟋』(1988年)、『ジョーの詩が聴こえる』(1989年)の3本からなり、それぞれが「短歌篇」「俳句篇」「詩篇」と見立てられた「歌句詩シネマ」と総称される三部作だ。映画そのものがいまそこで息づいているまさに「映画」としか呼びようのない金井映画は、「映画の中に映画を見よう」としたP3シネクラブには確かにうってつけのプログラムだったかもしれない。当日は会場に金井監督御本人をお招きして、とつもなくプライベートで、とてつもなくコズミックな金井映画について、上映後にレクチャーをしていただき、観客からの質問などにも答えていただいた。


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