主旨 冷戦時代において両岸の砲撃戦の意義は、実戦以上の意義を持ちました。金門はその強烈な象徴的意義の地理的シンボルをであったのです。しかし、軍事上の実用価値から脱却した今、金門は芸術の表現と交流を通じて現代芸術のエネルギーが集まる場所となろうとしています。新しいイメージと観念の発信基地へと変貌を遂げること、それが今回の展覧の目的とする到達点でもあるのです。金門の過去は一種のスプリングボードであり、今後も違う形でのスプリングボードとしての役割を担っていくでしょう。そしてなによりも、金門自身が将来への創造と精神的探求へ向かうため、この展覧会が金門の自主的跳躍の起点となりたいのです。 国際的現代芸術の有名な展覧会場の多くは、過去における歴史的、軍事的地域を改造してできています。ベネチアで隔年に開催される展覧会ベネチアビエンナーレは、元々海軍基地と武器庫を利用して展覧会場としています。また文化と政治が衝突する地においても現代芸術の重要な展覧会発祥地にもなっています。例えばイスタンブールで隔年に開催される展覧会は、ヨーロッパ・アジア大陸の交わる場所に位置し、イスラム教とキリスト教が歴史上衝突した境界線でもあります。韓国の光州で行われる隔年の展覧会は、1980年の光州事件の起点となった所です。金門という場所は、中国大陸と台湾両岸にとって戦略的に特殊な場所に位置し、多くの軍事施設を有してきました。私たちは、金門の持つ歴史的所産を自らのアイデンティティーと捉え、時代に呼応し個性豊かに発展させていこうと考えています。そして、この展覧会を通じて金門島の知名度を世界において向上させようという長期的戦略を定めています。 金門で開催される展覧会は、アーティストたちが当地にある独特の大型トーチカの建築群と各戦地の構造物を用いて、孤独、恐怖、暴力、死などが満ちた空間を活力的、交流的、創造的、精神的に満ちた空間へと改造することにあります。将来の計画では、全群島にある約2000基のトーチカと軍事施設において、その3分の1の施設を歴史の証人としてそのままの形で保存し、3分の1は美術館と音楽ホールなどを視聴芸術施設として改造していきます。そして残りの3分の1の施設は世界の有名なアーティストに依頼し、1つ或いは複数のトーチカを選んで、永久的に残る作品を創作することを計画しています。今後、数年あるいは数十年の活動の累積が、金門をオリジナルのインスタレーション・アート、ランドスケープ・アートとランドアートで満たし、さまざまな文化活動の発展を擁した宝島となって世界各地から参観する人たちを吸引することを願っています。展覧会に参加するアーティストは、まず両岸出身者から始め、今後アジアや全世界に広げていきます。視覚アートを主とし、映画、建築、音楽、演劇などの分野の芸術をも含んでいきます。 金門は、時勢、地勢ともに人の和が集まる創造時期を迎えたと言っても良いでしょう。芸術活動を通じ、金門の人々が、“両岸に金門を知らしめ、金門が世界に向かって歩む”という壮大な目標を達成できることを願って止みません。 |