岩井コラム
「幣のフィールド」を制作する美術家岩井成昭が「今」想うことを語ります。

アーカイブ

第一回 「十勝」というサイトと 「幣のフィールド」

第二回 粘土の効能
第三回 意図されたこと/見えてきたこと
第四回 「幣のフィールド」


第四回
「幣のフィールド」 設置と公開

「幣のフィールド」の現地公開が始まりました。6月末に十勝千年の森に入り、日本各地で2年をかけ、5千人を超える参加者と制作した、約7千に及ぶ純白の陶によるオブジェをボランティアの方々と共に設置しました。既にお知らせしているように今回の設置は第一段階で、制作ワークショップは今後も継続予定です。それでも、オープンまでこぎつけた今は一つの節目として、私はもとよりスタッフ一同、格別な思いに満たされています。ご協力いただいた多くの方々の顔が浮かんできます。運送状態によって少数の破損が出てしまいましたが、それらもできる限り修復しました。本年2月まで焼成分の全作品を、細心の注意を払って一つ一つ設置し終えたことを深い感謝の思いと共に報告いたします。ご協力、誠にありがとうございました。 これまでこのコラムでは、おもに制作プロセスの要であるワークショップの意義について述べてきましたが、現実に「幣のフィールド」が姿を現したことで、今回はアート・ワークの現場から、作品の視覚的側面にもふれたいと思います。

大自然の作用を受け入れる

「十勝千年の森」は来訪者に散策ルートがいくつか設定されていますが、お勧めはフォレスト・ガーデンと名づけられた森を抜けていくアプローチです。木立の中を散策しながら西に向かうと、沢の流れの心地よい音に導かれ、やがて視界が明るく開けていく一角があります。ここでガイドポストに従い森を抜けると、二つの沢に挟まれた丘陵状の草地が広がっています。その中に足を踏み入れると、ほどなく20メートル四方に及ぶ盛土による、なだらかな勾配のシルエットが美しい高台が姿を現します。この高台は例えば、ジグラット状の遺跡が長い歳月の中で風化していく過程で見せるような形状であり、人間の意志を象徴する建造物が、大自然の作用によって馴致する状態を肯定的にイメージしています。言いかえれば、この作品は、誕生の時点で既に「人工対自然」という図式とは一線を画す存在として、大自然の作用を積極的に受け入れる姿勢を示しているのです。これはプロジェクト構想段階からの前提条件であり、陶をはじめ、土地や樹など、作品の構成要素すべてが自然素材であることも同様の理由によります。例えば、高台頂上部分は、陶オブジェを置くためのベースとして、暗灰色の石片が敷かれていますが、通常このような施工には欠かせない下層を覆う「防草シート」なる合成繊維素材の使用も避けています。また、高台の東西には丸太を利用した階段が造作されています。これも現段階ではその形状に少々の違和感を覚えますが、数年後には緑に縁取られた自然な細部へと変化していくはずです。

ミクロとマクロの共存
さて、この高台のスロープを登っていくと、徐々にスクエアな水平空間があらわれます。その中央にはミズナラの若木を植樹しています。ミズナラはこの地域の生態系に欠かせないブナ科の落葉広葉樹で、樹齢が長く大木に育つものが多く見られ、十勝管内でも樹齢500〜600年の御神木と呼んでも差し支えないほど立派なものが今も屹立しています。この若木も未来において、このフィールドのランドマークへと成長することが期待されます。そして、主役の白い陶のオブジェは、このミズナラを中心に円形状に配置されています。陶オブジェは、今回全国から配送された段ボール箱だけで80箱におよび、親指大の作品もあわせると7千を数えるに至りましたが、設置の密度にこだわった結果、用意されたフィールド面積の3割を覆うにとどまりました。しかし、将来への期待を抱かせるには、既に十分な存在感があるといえます。日高山脈を望む雄大な自然を体感しながら、同時に、この小さな造形物に刻印された個人の思いに出会うことで、マクロな空間の広がりと、ミクロな所作のギャップが作り出す、めまいにも似た感覚がこのサイトに生成されつつあります。

オーパーツ=out of place artifacts
陶の形態は、ワークショップにおける私からの唯一のリクエスト「1000年先まで残していきたいもの」に参加者の皆さんが呼応し、制作いただいたものです。キャラクターや流行のゲーム、パソコン、人気の食品、携帯等、世相を反映したものが多いのはもちろんですが、遠くは土偶や埴輪から始まり、籠や煙管、蓄音機や複葉機、ダイヤル式の黒電話や初代ウォークマン(!)まで、時代錯誤の品々も目につきます。いわば未来の鑑賞者に「オーパーツ(場違いな造形物)」の集積として見せようという目配せが、それらのオブジェから「いたずら心」として伝わってきます。一方でこの光景は、実体からではなく、氾濫するメディアイメージによって形成される、私たちの視覚体験が作り出した時代の産物だと言えるかもしれません。もちろん、それぞれの陶にこめられた作者の思いは、そんな表層の見え方を凌駕してしまう不思議な吸引力をオブジェに与えているのですが、いずれにしても、このオブジェ群からは、現代社会と私たちの生活がおりなす、さまざまな関係性を垣間見ることができるのです。

・・・と、この辺でそろそろ、私はコメントをひかえるべき頃合でしょうか。上記は作り手側からの目論見、あるいは制作のエネルギーを支えたコンセプトの一部ではありますが、実際に鑑賞者となる方々の自由な解釈を妨げるものではありません。北海道を訪れる機会があれば、ぜひ十勝への旅を計画し、とびっきりうまい食を堪能し、「幣のフィールド」を実際に訪れ、ご自身と作品の間に生まれる「何か」を感じ、それについてじっくりと考えて頂ければ本望です。さらに、今後も続く陶のオブジェ制作に、多くの方々が参加いただけますよう、この場をかりてお願い申し上げます。(2008/7/12)

岩井成昭
いわいしげあき

 
1962年東京生。東京在住。1990年より音声やノイズなどを収集し、ギャラリー空間に再構成したサウンド・インスタレーションを連続して発表する。90年代後半からは人と社会の関係性にテーマを求め、主に欧州・豪州・日本における多文化状況の調査を通してビデオや音声による作品を制作。近年では、以前からの手法に加えて、インスタレーション・テキスト・パフォーマンスなど、使用メディアや作品形態の幅をさらに広げると共に、世界各地の都市や地方に滞在し、地域のコミュニティや伝統を現代の文脈の中で再構築する試みを続けている。

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