岩井コラム
「幣のフィールド」を制作する美術家岩井成昭が「今」想うことを語ります。

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第一回 「十勝」というサイトと 「幣のフィールド」
第二回 粘土の効能
第三回 意図されたこと/見えてきたこと
第四回 「幣のフィールド」


第一回
「十勝」というサイトと 「幣のフィールド」

十勝国際現代アート展「デメーテル」
私が、自身の暮らす東京から約1000km離れた、十勝の大地を初めて踏みしめたのは2001年の秋でした。十勝国際現代アート展「デメーテル」という、その翌年開催の展覧会に参加するために、会場予定地である帯広競馬場と地域の見学を兼ねた旅でした。帯広という街の第一印象は、「草が香る街」。その理由は単純に「匂い」だったと記憶しています。不思議なことに帯広には、街そのものに特有の「体臭」が感じられない。街中で食されるジンギスカンも、ほとんど羊臭くない(笑)。逆にそんな環境では、この街を取り囲んでいる自然環境から四季折々さまざまな香りが届けられて、それをビルの谷間にいながらにして嗅ぐことができるのです。「草の香り」、「土の香り」そして「氷雪の香り」まで。また、よく耳にする「帯広は何を食べても最高だけれど、それは素材自体が美味しいのであり、調理はいたって単純である」というのも、ある側面では同様です。つまり、レアで加工されていない自然をそのまま感じることができる環境。あるいは、自然と生活の結界上にいることのできる場とも言えそうです。

アイヌの伝統文化

「デメーテル」展に出品する作品の取材で、幾度か十勝を訪れるうちに、7千年以上前からここで暮らしていたアイヌの人々の自然観を通して、この土地を見たいとも考えました。今に残る口承文芸や歌唱、彫刻や文様などに刻まれたアイヌの自然観、死生観を現在の十勝の中で追体験する素晴らしさは、筆舌に尽くしがたいものです。この展覧会では、これらアイヌの伝統文化を現代の十勝において再解釈しようと試み、「雪のウポポ」、「耳と耳の間」という2作品を、地元から多くの協力を得て発表することができました。
そして、このころから既に気になっていたのが、アイヌの口承文芸に伝わる「コロポックル*1」という人々の存在です。例えば「シアンルル*2のコロポックル」という帯広に伝わる伝説では、コロポックルはアイヌ民族以前の先住民として「博愛主義の小人」というイメージが語られています。しかし彼らは結局、アイヌに追い立てられ、日高山脈を越えて去っていきます。そのとき彼らが残した恨みの一言が「十勝」という地名の由来とされています(他説もあり)。今日では、本来の文脈から切り離された「コロポックル=カワイイ妖精」というイメージが一人歩きしているのが現状ですが、実際にアイヌ以前の原住民として存在していたとする説は、現在も研究者の中で議論されています。
*1 正確にはアイヌ語で「コロ・ポ・ウン・クル=蕗の葉の下に住む人」
*2 十勝の古称で「遠い彼方の海浜」「大いなる海」の意味


繋がりあう「縁」
「デメーテル展」開催の翌年、03年には、帯広に近い十勝・大正地区で、北海道で最も古い縄文時代草創期(1万〜1万3千年前)の土器が出土していますが、私にとってこの事実も偶然とは思えません。日本民族のルーツとしての縄文人とアイヌ民族、私たちの祖先の信仰の基盤となった神道とカムイの信仰等、その迷宮のような関係性の文献をひもとくと、この十勝地域がますます魅力的に見えてきます。そして、この地で恒久に設置される作品「幣のフィールド」を創り上げるその意味を考えるとき、これらの要素のひとつひとつが「縁」のように繋がりあっていることに気付きます。

幣のフィールド
2002年に十勝で制作した二つの作品は、私自身が土地そのものに努めて関わろうと試みたものでしたが、それらは、展覧会の終了と共に解体される運命でした。しかし「幣のフィールド」は異なります。この土地をめざして全国各地から集められる陶が集積され続け、この土地の中で1000年間の変化を自ら体現し、また、自らを見続けることになります。先日、この作品の意図について、「十勝の風景の中に、新たな要素をつけ加えようとしているのか?」という質問を受けました。実際には作品を新たに設置することで、風景に何らかの介入は行なうわけですが、その行為によって「風景を変容させる」とか、「人工と自然の対比を生み出す」といった目的はありません。この作品は、より精神的な視点をもって鑑賞できる作品となるはずです。実際に使用する素材は、陶器とその最小限の台座としての石版、そして生きた樹木、これだけです。陶そのものは自然を侵さないし、侵されません。それでも、陶は石版と共にやがては土や草に覆われてしまうでしょう。しかし、それらの月日の中で、フィールドの中央に植樹された立ち木が、草に隠されたフィールドの「指標」へと成長してくれるはずです。未来に訪れた人々はその木立をみつめ、その根本に広がる「幣のフィールド」を強く感じることができるでしょう。

私たちは、「文化」や「自然」を刹那的な「現在」でのみ語ることに馴れてしまったようです。この作品が、より大きな時の流れの中に自身の身を置き、自分自身は関われないほど先の、しかし実際は、関わらざるを得ない未来について、多くの人々と共に考えていく機会になることを希望しています。(2006/12/11)

岩井成昭
いわいしげあき

 
1962年東京生。東京在住。1990年より音声やノイズなどを収集し、ギャラリー空間に再構成したサウンド・インスタレーションを連続して発表する。90年代後半からは人と社会の関係性にテーマを求め、主に欧州・豪州・日本における多文化状況の調査を通して、ビデオや音声による作品を制作。近年では、以前からの手法に加えて、インスタレーション・テキスト・パフォーマンスなど、使用メディアや作品形態の幅をさらに広げると共に、世界各地の都市や地方に滞在し、地域のコミュニテイや伝統を現代の文脈の中で再構築する試みを続けている。

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「雪のウポポ」


「耳と耳の間」