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5重苦の街から思うこと
江尻暁子(えじり あきこ)

今、いわきを含む福島県の海沿いの地方では、3月11日を境に5重の苦しみに直面している。それは地震、津波、原発の放射線、風評被害、そして差別である。

あの地震は1200年に一度という、私たちも経験したことのない大きな揺れだった。余震はいまだに毎日数十回あり、まだ自宅の片付けも終わっていない。地面は割れ、水道やガスも止まり、ガス漏れによる爆発事故も近所で起きた。いわきの海沿いの地域も津波ですべてを奪われた。がれきの山が今も無残に海岸沿いに取り残されている。私の知人もいまだに行方が分からないままだ。
いわきを含む福島県はさらに原発の深刻な問題に襲われた。次々と変わる発電所の状況に振り回され、いまだ解決の終着点が見えないまま、目に見えないものとの戦いを強いられている。地球を愛する一人として「ノーモア、ヒロシマ・ナガサキ」と願ってきたが、まさか自分の故郷で核の恐怖にさらされることになるとは夢にも思っていなかった。ただ日本は広島と長崎の経験から放射線の専門家がたくさんいる。科学技術先進国としていろいろな角度から情報分析がなされ、冷静に情報を流してくれていると思う。余震が起きても数分で詳しい結果が流れるし、毎時間ごとに各地の放射線量も教えてくれる。それらの情報を元に政府と専門家は、数値を見てもいわきで暮らすのには全く問題がないという見解を示した。原子力の専門家である私の友人も同意見で、彼女からアドバイスをもらい、私は念のための放射線に対する自己防衛をしながら、原発の様子を注視していた。でも周りの人々や友人が次々にいわきを離れ、風評被害から食料や薬、ガソリンが街に入ってこなくなり、生活が困難になった。生活への不安と疲労が限界にまで達し、私たち家族も、2週間ほど東京に住む弟の家へ身を寄せることを決めた。移動できた人は運がよかったが、多くの高齢者や行くあても移動手段もない人々は、物資も全く届かないいわきに残らざるを得なかった現実があった。
風評被害もいわきの地元の農家や漁師たちを苦しめている。検査をして全く問題のない野菜や果物まで出荷を拒否されている。丹精込めて作られた豊かな自然の恵みが廃棄され、経済も人々の生計も成り立たなくなった。工場もいわきで作られたというだけで出荷がストップになる事態だ。これでは経済の建て直しどころか復興すら遠い道のりだ。

悲しいことに原発地域やいわきから着の身着のまま逃げてきた人々が心無い差別を受けた話も耳にした。私たちは全く悪いことをしていないのに。こういう時に人の本性がわかるのかもしれない。もちろん、私たちの車のナンバープレートにかかれた「いわき」の文字を見て、「頑張って!」と声をかけてくれた人もいる。世界中からのたくさんの応援メッセージに私はどれほど勇気づけられただろう。個人の人間性もあるが、メディアの伝え方で私たちの立場や影響は大きく変わると実感した。ある外国のテレビ局は東京の中心地渋谷にも原発があると報じていて驚いた。東京のど真ん中にそんなものがあるはずがないのに。
風評や差別が続けば、私たちの生活も建て直しの道筋が立たなくなる。どうかメディアは真実を、誠意を持って伝えて欲しい。そして西日本を始めとして全く安全な地域、食べ物、日本製品がたくさんあることを知って欲しい。世界中の方々の過剰な反応で私たちをさらに苦しめないで欲しい。そう強く願う。

いわきは政府の避難指示区域には入っていないため、4月に入り新年度が始まり、社会生活が少しずつ元に戻りつつある。多くの人がいわきに戻り、少しずつだが、物資も入ってくるようになってきた。離れてみて初めて、故郷のよさを実感する、と皆が言っている。
私の家ではまだ水が出ない。水がないとはこんなに不便なのか、とつくづく思い知らされる。便利な社会に生きていることへの実感とありがたみが沸いてくる。まだ原発問題は収束していないが、幸運なことにいわきは地形と風向きの関係から、流れてくる放射性物質の量が距離の割りにかなり少ない。自分でできる予防策を取りながら、こんなことで負けないぞと、強い気持ちで毎日を生きている。

周りはもう復興に向けて動き出している。人と会うたびに「頑張ろうね!」と声を掛け合っている。改めてこの震災で日本人の強さ、冷静さ、助け合いと不屈の精神を見た。後ろを振り向かず、希望を強く持ってまた立ち上がろうとしている。日本人として誇りを持って、この復興に携わっていきたい。
いつかいわきが元通りの美しい街にもどったら、ぜひたくさんの人にまぶしい太陽と青い海、広い空とたくさんの自然をお見せしたいと思っている。そのときまで、どうぞ皆さん、暖かく私たちを見守っていてください。
江尻暁子 ひろしししど
けいこたかだ けいすけしまざき
もといこばやし のぶおますだ
ともみちひるた ゆきこみはら